普通て、なに

孫に電話して「元気?」て聞いたら「フツー」だって。ま、元気かどうか、なんて紋切り型の挨拶に、どう応えたらいいのか、そりゃ「普通でいいでしょ」ともいえますね。
では、普通て何なのだろう。「普通でいいよ」とか「そんなの普通のことだよ」など、ありきたりに使うし、分かった気になってるけど、本当は何も伝わらない。
鷲田清和さんの「普通を誰も教えてくれない」というエッセイがあります。普通にやろう、普通がいい、といいつつ、それが何かは、だれも分からない。空気みたいなもの、それが普通。
ま、平凡てことでしょうか。でも、仏教語の平凡の意味は「どんなときにも、平然としていること」と、聞いたことがあるのです。それは、とても難しいこと。なかなか出来ないですね。
どんなときにも「これが普通」と言えることは、修行のいること。「普通」って、ほんとはいい言葉。普通サイズの服をきて、普通の暮らしをして、普通に生きて。
でも、それって何、という疑問は、まだ消えない。私の普通は、誰かにとってはみじめ、かもしれない。そういえば、姉が私の仕事場にきて、「変」といったことがあった。飾りがないって。
私の部屋にあるのは、三岸節子のリトグラフだけ。あとは仕事関係のものばかり。でも、飾りがない暮らしが、私にとって普通なんです。これがモデル体重です。